森ビルの東南部にある大連労働公園は面積が102万平方メートルあり、大連市内で一番大きな公園です。
1898年、ロシア人により設計されました。当時は、大連の西部にあることから、西公園と呼ばれていたそうです。1905年に日本人が公園内を建て増しし、相撲場、競馬場、ゴルフ場を設けました。
1926年、大連の中心地域がだんだん西に移動するにつれて、公園も中央公園とも呼ばれるようになりました。1945年には、大連政府と市民が力を尽くし、公園を改装。ハス池の近くに、「労働創造世界」と書いてある碑が立つことから、労働公園と名づけられました。

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